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東京地方裁判所 昭和57年(行ウ)91号 判決 1985年12月26日

原告 桑田兵三

被告 東京法務局調布出張所登記官

代理人 細田美知子 三ツ木信行 ほか一名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  原告が別紙(一)物件目録記載の土地についてした東京法務局調布出張所昭和五七年三月三〇日受付第一〇九〇〇号所有権移転登記申請について、被告が同年四月二七日にした却下決定を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨。

第二当事者の主張

一  請求原因

1(一)  原告は、昭和五七年三月三〇日被告に対し、趙碧[王炎]所有名義に係る別紙(一)物件目録記載の土地(以下「本件土地」という。)につき、昭和一〇年一〇月二五日付売買を原因として買主である原告を登記権利者、売主である趙碧[王炎]の相続人である趙國章を登記義務者として所有権移転登記の申請(以下「本件登記申請」という。)をした。

(二)  原告が本件登記申請にあたり申請書に添付した書面は、次のとおりである。

(1) 仲裁人佐原嘉六作成の仲裁判断書正本(以下「本件仲裁判断」という。)

(2) 大阪簡易裁判所作成の執行判決書正本(以下「本件執行判決」という。)

(3) 同裁判所作成の更正決定正本(甲第四号証、以下「本件更正決定」という。)

(4) 同裁判所作成の送達証明書(甲第五号証)

(5) 同裁判所作成の判決確定証明書(甲第六号証)

(6) 同裁判所作成の執行判決請求事件の記録に左の書類の写しが編綴されていることの証明書(甲第七号証の一ないし七)

<1> 台湾台北地方法院公証役場公証人作成の、委任状の署名捺印が趙國章によるものであることの認証書謄本(同号証の二)

<2> 趙國章の印鑑証明書(同号証の三)

<3> 同人の身分証明書(同号証の四)

<4> 同人の戸籍謄本(同号証の五、以下「本件戸籍謄本」という。)

<5> 中華民国国籍証明書(同号証の六)

(7) 台湾内政部部長作成の公文(甲第九号証)

2  被告は、昭和五七年四月二七日原告に対し、本件登記申請には不動産登記法(以下「不登法」という。)四二条に規定する登記義務者の相続人たることを証する書面の添付がないとの理由で同法四九条八号により、本件登記申請を却下する決定(以下「本件却下決定」という。)をした。

3  本件却下決定には次のとおりの違法がある。

(一) 本件登記申請について、不登法四二条が適用されないのにかかわらず、これを適用した違法がある。

すなわち、同条は、申請人が登記権利者又は登記義務者の相続人である場合に相続人たることを証する書面を要するとした規定であるが、本件登記申請は執行判決を得た仲裁判断に基づく原告の単独の登記申請であり、原告は登記権利者又は登記義務者の相続人として本件登記申請をしたものではなく、本件登記申請は同条とは何ら関係がないのであるから、これを理由としてした本件却下決定は違法である。

(二) 不登法三五条二項によれば、登記申請に際し登記原因を証する書面が執行力ある判決の場合には、同条一項三号及び四号の書面を提出することを要しないこととされているところ、本件登記申請の登記原因を証する書面は本件仲裁判断及び本件執行判決であつて、仲裁判断は当事者間において確定した裁判所の判決と同一の効力を有し(民事訴訟法(以下「民訴法」という。)八〇〇条)、これによつてする強制執行は執行判決をもってその許可すべきことを言い渡したときに限りこれをすることができる(同法八〇二条一項)とされているので、原告は本件登記申請に際し不登法三五条一項三号及び四号書面の提出を要しないこととなる。

しかるに、被告は、これを要するとして、登記義務者の相続人であることを証する書面の添付がないことを理由に本件却下決定をしたものであつて、右の点において右決定には違法がある。

(三)(1) 仮に不登法三五条二項に該当する登記手続の申請についても、なお、同法四二条による登記義務者の相続人であることを証する書面の添付を必要とすると解したとしても、原告は以下のとおり本件登記申請に際して、右書面を提出している。

(2) すなわち、原告が右書面として被告に提出した本件執行判決の判断は、別紙(二)のとおりであり、また、本件仲裁判断の要旨は別紙(三)のとおりである。原告が同裁判所に提出した証拠は前記1(二)(6)の<1>ないし<5>のとおりであつて、同裁判所は、これらの証拠に基づいて趙國章が趙碧[王炎]の唯一の相続人であるとの右仲裁判断には取消しを申し立てることを得べき理由が存しないと判断して、強制執行を許可したのである。

(3) よつて、これら本件仲裁判断、本件執行判決を含めた前記本件登記申請の添付書類が、不登法四二条の相続人たることを証する書面であるといえることは明らかであるから、本件却下決定は違法である。よつて、原告は、本件却下決定の取消しを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1のうち(一)の事実は認める。(二)のうち(7)の証明書が本件登記申請の申請書に添付されていたことは争うが、その余の事実は認める。

2  同2の事実は認める。

3  同3のうち(一)の主張は争う。(二)のうち本件却下決定が違法であるとの主張は争うが、その余の主張は認める。(三)のうち(1)の主張は争う、(2)のうち本件執行判決の判断が別紙(二)のとおりであること、本件仲裁判断の要旨が別紙(三)のとおりであることは認めるが、その余の事実は知らない、(3)の主張は争う。

三  被告の主張

1  判決による登記と不登法四二条の適用について

(一) 不登法は、権利の登記について登記権利者、登記義務者による共同申請を原則とし(二六条一項)、判決(執行判決を得た仲裁判断を含む、以下同じ。)又は相続による登記については例外として登記権利者による単独申請を認めている(二七条)。もつとも、同じ単独申請が許されるものとはいえ、相続による登記は、登記義務者なるものを観念し得ず、その性質上単独申請の形式しかとり得ないものであるのに対し、判決による登記は、もともと共同申請の形式を要求される当事者間において、登記義務者の協力を得られない登記権利者に、いわば判決を媒介として単独申請を認めるものである。

ところで、登記申請行為は、国家機関である登記所に対し一定内容の登記手続を求める手続上の意思表示であり、登記義務者に登記手続を命ずる判決は、右意思表示を目的とする給付判決であると一般に解されている。そして、意思表示を目的とする判決は、判決が確定した時にその意思表示があつたものとみなされるから(民事執行法一七三条一項)、これを、登記手続を命ずる判決についていえば、当該判決が確定した時点で、登記義務者の登記所に対する登記手続を求める意思表示があつたもの、換言すれば、登記義務者の登記申請行為がなされたものとみなされるのである。したがつて、判決による登記は、現実の申請行為こそ登記権利者の単独によるものとはいえ、そこには登記義務者の申請行為もあるとされているのであり、実質的には共同申請がなされた場合と同視されるのである。そうであれば、現実の申請行為が単独か共同かという違いを除いては、判決による登記と共同申請による登記を手続上区別する理由はないものといわなければならない。

不登法は、登記の申請に必要な書面として、同法三五条一項のほか、四一条、四二条、同法施行細則等で各種書面の提出を要求しているが、右のとおり判決による登記と共同申請による登記とを手続上別異に取り扱う理由のない以上、共同申請の場合に提出を必要とされる書面は、同法三五条二項のように除外規定がある場合は格別、判決による登記の場合にも提出を必要とされると解すべきである。

(二) 不登法四二条は「申請人カ登記権利者又ハ登記義務者ノ相続人ナルトキハ申請書ニ其身分ヲ証スル市町村長若シクハ区長ノ書面又ハ之ヲ証スルニ足ルヘキ書面ヲ添付スルコトヲ要ス」と規定しているところ、同条は相続開始前に登記可能な権利変動が生じていたにもかかわらず、その登記が未了の間に登記権利者、登記義務者の一方ないし双方に相続が開始した場合において、双方の相続人間あるいは一方の相続人と登記権利者、登記義務者間における登記の共同申請につき適用のある規定とされる。しかして、本規定については、判決による登記の場合に、その適用を除外する定めはないのであるから、判決による登記の場合にも当然適用があるものといわなければならない。

ところで、本件登記申請は、登記義務者の相続人を相手方とする仲裁判断につき執行判決を得て、申請がされている場合であるから、右のとおり同条の規定の適用があり、同条に規定する相続を証するに足る書面の提出が必要となるのである。

2  本件登記申請につき不登法四二条の書面の添付がなかつたことについて

(一) 不登法四二条書面としての適格性について

不登法四二条に定める書面(以下「四二条書面」という。)は、登記申請人が登記義務者等の相続人であること及び当該登記申請人以外に相続人のいないことを併せ証明するものでなければならないとされる。その理由は、被相続人たる登記義務者等の登記申請義務は、これを相続人全員が等しく承継するものであり、不登法の共同申請の原則に照らしても、利害関係を有する相続人全員が登記申請人となることが、登記の真正を最も良く担保し得るということに存するものである。

また、右の如き身分関係というものは、当事者において自由に作出、処分し得る性質のものではなく、かつ、登記手続上、登記官は提出された書面のみに基づいて右身分関係についての審査を行うのであるから(いわゆる形式審査)、当該書面のみをもつて右身分関係が証明されたものとして取り扱うことができる書面は、権限ある官公署によつて作成された戸籍の謄本等身分関係の公証を目的とする文書ないしは身分関係に関する記載がその真実性において戸籍謄本等と一般に同等と評価し得る等これら文書に準じた種類の書面であることを要するものと解すべきである。同法四二条が「某身分ヲ証スル市町村長若クハ区長ノ書面又ハ之ヲ証スルニ足ルヘキ書面」と規定しているのも右の趣旨において理解できるのである。

(二) 原告主張の添付書類について

(1) 本件仲裁判断について

<1> 登記義務者の相続人を相手方としてこの者に対し登記手続を命ずる仲裁判断は、登記権利者(ないしその相続人)と登記義務者の相続人との間の登記手続請求権の存在を確定するものとして、判決と同様の法的効力を有するものであるが、(民訴法八〇〇条、八〇二条等)、もとより登記義務者とその相続人の身分関係までをも確定する効力を有するものではなく、右登記手続請求権の存在を確定する前提として、仲裁判断の理由中において右身分関係について示されている説示が、前記(一)の身分関係、すなわち当該相手方とされた相続人が登記義務者の相続人であり、かつ、当該相手方以外に相続人がいないことに言及しているものであつたとしても、右理由中の説示は、仲裁人の判断を示すにすぎないものであつて、何人をも拘束するものではない。

したがつて、右仲裁判断が、戸籍謄本等に準じ四二条書面として適格性を認められるかどうかは、結局のところ、仲裁人の右理由中の判断をもつて、右身分関係が証明されたものとして取り扱えるかどうかによつて決せられるべきこととなる。そして、右のような取扱いが可能となるには、仲裁人の判断が、一般に真実に合致する蓋然性が高いと評価できることが当然の前提とならなければならない。そのような評価のできない単なる判断について右のような取扱いを認めるとすれば、形式的審査権しかもたない登記官が事実を誤る危険性が大きく、登記の真正は到底担保されないからである。

ところで、仲裁判断は、権利関係について争いのある当事者の仲裁契約に基づいて、右争いについて判断権を授権された私人である仲裁人がなすもので、仲裁人には特別の資格を要せず、その判断に至る手続も簡易なものであつて、証拠調べなども専ら仲裁人が必要と認めた場合に行われるものである。このように簡易な手続のもとになされる私人の判断について、それが前記民訴法上の法的効力を有することは別にしても、その理由中の判断についてまで一般に真実に合致している蓋然性が高いと評価することは困難である。結局、仲裁判断に戸籍謄本等と同等の評価を与えることは事実を誤る危険性が大きいから、仮に仲裁判断の理由中において、前記の如き身分関係に関する説示があつたとしても、これを四二条書面として不登法上取扱うことはできないものといわねばならない。

<2> ところで、登記義務者の相続人を被告とし、これに対し登記手続を命ずる判決については、判決の理由中において、当該被告とされている者が登記義務者の相続人であつて、当該被告とされている者以外は相続人のいないことが判断されており、かつ判決の記載自体からその判断に矛盾、不合理がなく、登記義務者の相続人全員が当該訴訟の被告になつていると認められる場合は、登記実務上、当該判決の写しを四二条書面として添付する取扱いを認めている。

これは、判決が仲裁判断と異り、高度に専門的に訓練された裁判官が行うもので、その判断に至る手続も厳格に法定されているところから、その判断は一般に真実に合致する蓋然性が高いと評価でき、右判断に従つても事実を誤る危険性が少ないため、戸籍謄本等に準じ、四二条書面としての適格性を認めているものであり、この取扱いは判決のもつ社会的信頼性に照らしても十分是認できるものである。

したがつて、判決について四二条書面としての適格性を認め、仲裁判断について適格性を認めないとしても、格別の不合理はないというべきである。

(2) 本件執行判決及び本件更正決定について

<1> 執行判決は 仲裁判断に執行力を付与するためになされるもので、執行判決を求める訴えが適法であつて、仲裁判断について民訴法八〇一条所定の取消事由がない限り、仲裁判断の内容いかんを調査することなく、直ちに判決しなければならないものである。

したがつて、執行判決は、仲裁判断の理由中の判断についてその当否を調査しておらず、当事者の身分関係については何ら判断していないのであるから、四二条書面にあたらないことは明らかである。

<2> 本件更正決定は、本件執行判決の誤りを更正決定したものにすぎぎず、四二条書面にあたらないことはいうまでもない。

(3) 本件戸籍謄本について

<1> 本件戸籍謄本は、添付の訳文によれば、中華民国における趙國章の戸籍謄本とされる。しかしながら、右書面は不鮮明で、その大半の記載が判読不可能である。仮に、戸籍謄本であるとしても、趙國章の身分関係についていかなる内容の記載があるか不明であり、相続を証する書面たり得ないことは明らかである。

<2> 仮に、右書面の記載が判読可能であるとしても、右書面は以下のとおり四二条書面とはなり得ない。

(ア) 趙國章と趙碧[王炎]の身分関係に関し、右書面の記事欄には、趙國章の養父は趙欣伯、養母は趙碧[王炎]であり、養父母はともに死亡し、趙國章は右養父母のただ一人の養子であつて、養父母に実子はいない旨の記載がある。

右記載は、そもそも右書面が趙國章の戸籍謄本であるにもかかわらず、養父母の実子、養子の有無等、本来、養父母たる趙欣伯、趙碧[王炎]の身分関係に属する事項に言及している点において不自然の感を免れないところであるが、これをおくとしても、戸籍謄本であれば、当然記載されていてしかるべき養子縁組のなされた年月日の記載がなく、また、養父母の死亡についても死亡の場所、日時の記載はなく、単に歿と記載されているにすぎず、実子、養子の有無についても、趙國章がただ一人の養子であり、実子はいないと極めて簡単な記載があるにすぎないのである。このような不十分な記載によつては、趙國章と趙碧[王炎]の身分関係に関するこれら記載事項が真実存したと認めることは困難であつて、これらの記載に対応する趙欣伯、趙碧[王炎]の戸籍謄本の記載を対照しなければ、これら記載事項が真実であると認めることはできないというべきである。

したがつて、本件戸籍謄本は四二条書面について要求される前記趙國章と趙碧[王炎]の身分関係を証するものとは到底いえないものというべきである。

(イ) 仮に右書面の前記記載が真実であるとしても、なお、これら書面のみによつて不登法四二条の身分関係が証明されたものとすることはできない。

すなわち、前記のとおり本件戸籍謄本には、趙碧[王炎]の死亡の年月日、死亡時の住所又は居所、籍貫(本籍、原籍)等の記載は全くなく、単に(歿)と記載されているにすぎず、これらの点については全く不明なのである。

法例二五条によれば相続は被相続人の本国法によるとされる。したがつて、趙碧[王炎]についての相続の準拠法を知るには、同人の死亡時における本国、すなわち国籍が決定されなければならない。ところで、右書面の記載が真実であるとすれば、趙碧[王炎]はもと満州国籍を有していたものと推認されるが、満州国は、第二次世界大戦の終局を機に消滅し、旧満州国の領土は中華民国、次いで中華人民共和国の支配するところとなり、両国政府はそれぞれ旧満州国の領土を含む中国全体の領土、人民を正当に代表する政府であると主張しているところである。右によれば、趙碧[王炎]の国籍は、満州国の存在する間は満州国であり、同人がこの間に死亡しているとすれば相続の準拠法は満州国法となる。また、満州国消滅後は中国国籍を有することとなるが、右のように一つの国家に異つた法体系を持ち、独自の支配領域を有する二つの政府が並立しているような場合は、相続の準拠法は中華民国法、中華人民共和国法のいずれかとされ、趙碧[王炎]が満州国消滅後に死亡したのであれば、右いずれかの国法が相続の準拠法とされることになる。しかるに右のとおり、本件戸籍謄本の記載によつては、およそ趙碧[王炎]の死亡に関しその死亡の日時等の手がかりは全くないのであるから結局同人の相続に関し準拠法を決定することができないのである。

なお、右に関し、仮に本件仲裁判断の記載が正しいものとすれば、趙碧[王炎]は吉林省広州市大南路仙湖七二号に居住していたが、一九六〇年二月三日午後四時に広州市第一病院で死亡したというのであるから、同人は満州国消滅後は中国本土に居住し、中華人民共和国政府の支配下にあつたものと容易に推認され、この事実及び日本が中華人民共和国を国家として承認していることに照らせば、一つの国家に二つの政府が並立する場合の準拠法の決定につきどのような考えに立つとしても同人の相続に関する準拠法は中華人民共和国法とされる可能性が極めて高いものである。そうであれば、趙碧[王炎]の死亡等相続に関する身分関係については、準拠法国である中華人民共和国政府の証明が原則として必要であり、中華民国政府の証明では足りないものといわねばならない。その意味で、本件戸籍謄本は、中華民国官憲が作成した趙國章の戸籍謄本であつて、元来が同人の身分関係を公証するものであつても、趙碧[王炎]の身分関係を公証するものではなく、右記載中に趙碧[王炎]のみの身分関係に属する同人死亡、同人の実子の有無等といつた記載が存するとしても、これは中華人民共和国政府の証明に属する事柄であるから、これらの点についてまで、右書面の公証力が及ぶものではないし、また、このことは、内政部長作成の公文(甲第九号証)についても同様というべきである。

(4) 甲第七号証の二ないし四、六の各書面について

<1> 台湾台北地方法院公証人作成の認証書(甲第七号証の二)

右書面の記載内容は、委任状に記載されている趙國章の署名、捺印が本人のものに相違ないことを公証したものにすぎない。

<2> 趙國章の印鑑証明(甲第七号証の三)

右書面は、単に趙國章の印鑑を証明するものにすぎない。

<3> 同人の身分証明書(甲第七号証の四)

右書面は、趙國章の僑務委員会華僑身分証明書とされるが、要するに趙國章が華僑の身分を有することを証明したものにすぎない。

<4> 国籍証明書(甲第七号証の六)

右書面は、趙國章の国籍証明書とされるが、要するに趙國章が中華民国国籍を有することを証明したものにすぎない。

以上、甲第七号証の二ないし四、六の各書面は、いずれも趙國章と趙碧[王炎]の身分関係を証するものではなく、これらの書面が四二条書面たり得ないことは明らかである。

3  本件登記申請における権利関係の真実性に疑問の存することについて

(一) 不動産の権利に関する登記について、登記官はいわゆる形式的審査権のみを有するとされ、そこにおける審査の対象は、形式的要件にとどまらず実体的要件についても審査し得るが、審査の方法についてはその審査に供し得る資料が当事者の提出した書面、関係登記簿等に限定されるという制約が存するものとされている。

ところで、不動産登記制度は、不動産の取引の安全に資することを一つの制度目的としているのであるから、可能な限り真実の権利関係が登記上実現されるのが望ましいことはいうまでもない。その意味で、たとえ当事者の提出した関係書類からはその登記申請が不実であることが判明しない場合であつても、公知の事実あるいは登記官が職務上知り得た事実に照らし、当該登記申請における権利関係の真実性に疑問が認められるときは、このような登記申請は却下されてしかるべきものと考えられる。

したがつて、公知の事実あるいは登記官が職務上知り得た事実は、登記官が登記の申請の適否を判断するにあたりしんしやくして差し支えないものであり、これらの事実は、前記形式的審査権の下においても 当然、審査資料に供し得るものといわなければならない。

(二) 登記名義が趙碧[王炎]となつている本件各土地及びその他の神奈川県足柄下郡箱根町所住の土地については、同人の相続人と称する者らからこれまで何回となく相続登記の申請がなされ、いずれも不登法の要求する相続証明文書の添付がないとして却下されているが、そのうち、当該却下処分の取消を求めて訴訟に至つたものも四件を数える。また、趙碧[王炎]の相続人と称する者らが、それぞれ自己が正当な承継人であるとして争つていることは、新聞にも報道され、いわば公知の事実であつた。

そこで、本件不動産を管轄する法務局においても、趙碧[王炎]の相続人と称する者からの相続登記申請に対しては慎重に対処すべく、従前の申請の内容についても管轄法務局出張所の登記官に周知せしめてきたところであり、右申請の内容等は右登記官であれば、職務上の知識として、当然了知していたものである。

ところで、本件登記申請以外に、申請人が趙碧[王炎]の実子であるとして申請された相続登記申請があり、その相続証明文書として、いずれも中華民国官憲作成の戸籍謄本、相続証明文書が添付されていた。つまり、中華民国官憲は、趙碧[王炎]という同一人の相続に関して、異つた人間について相続証明文書を発行しているのであり、このことは、趙碧[王炎]の相続に関する限り、中華民国官憲作成の戸籍謄本等はその内容の信用性(公文書としての公証力)に疑問を抱かせるものであり、このような疑問が存する限り、趙碧[王炎]に関する同国官憲作成の戸籍謄本等は不登法の相続証明文書としては十分でないといわねばならない。

ちなみに、中華民国においては右謄本の原本が偽造されている例もあるようである。

しかして、本件においても、趙國章の相続を証明する文書としては、中華民国官憲作成の本件戸籍謄本(甲七号証の五)、相続証明文書(甲九号証)につきるのであるから、前記の諸事情に照らし、これらの文書は相続証明文書としては足りないものといわざるを得ない。

なお、東京家庭裁判所は昭和五九年九月七日趙碧[王炎]が生存していることを前提として、財産管理人の選任を取り消す旨の審判をしており、このことからすれば、趙碧[王炎]の死亡を前提とし、趙國章が唯一の相続人であるとしてした本件登記申請は、結局のところ、虚偽の申請であつて、本件却下決定は正当というべきであるから、原告の本訴請求は理由のないものである。

よつて、被告のなした本件却下決定は適法である。

四  被告の主張に対する原告の認否及び反論

1  被告の主張1は争う。

2  同2(一)、(二)の各主張も争う。(二)のうち(2)については、執行判決は仲裁判断について民訴法八〇一条所定の取消事由がない限り、仲裁判断の内容いかんを調査することなく、直ちに判決しなければならないものであることは被告の主張のとおりであるが、取消事由には法律的原因(同条一項第一及び第二)のほか事実的原因(同項第六)もあり、事実的原因である取消事由が存する場合には執行判決をすることができないのである。したがつて、大阪簡易裁判所が執行判決をするにあたつて本件戸籍謄本等を証拠としたのは、仲裁判断の基礎となつた文書が偽造、変造、虚偽のものであるか否かの調査のためであつて、同裁判所が執行判決をした以上は、本件戸籍謄本等は虚偽文書ではないとの判断がされたことになるのである。(3)のうち<1>については、本件戸籍謄本は本件執行判決の請求事件の訴訟記録に編綴されているものであつて、訳文も添付されている。大阪簡易裁判所は右書面によつて趙國章が登記義務者の相続人として登記義務があると認めて執行を許可したのである。裁判所がこのように本件戸籍謄本を戸籍謄本と認めている以上、これをもつて不登法四二条の規定する書面の添付があつたものとみることができるのである。なお、原告は、本件登記申請に際して、被告から四二条書面が不鮮明で不明であるとの補正指示は全く受けなかつたものである。<2>のうち(ア)については、本件戸籍謄本は内政部部長作成の公文に照らしても不登法四二条の「其身分ヲ証スルニ足ルヘキ書面」というべきであり、これらの書面の記載を登記官が疑い、その身分を証明するに足りないとするのは中華民国の相続に関する法律及び行政手続によつて作成され示された解釈及び書面を尊重すべきものと定めたわが国の法例二五条に違反するものであり、登記官は公証事実の実体的判断はできないものである。(イ)についての原告の主張は、後記原告の反論2、3に記載のとおりである。

3  同3の主張は争う。登記官は登記申請について形式的審査権を有するにとどまり、仲裁判断に執行力を付与した執行判決による申請について登記官が独自の立場から実体的批判をして登記申請を却下することは形式的審査権を逸脱するものであり許されない。被告の指摘する他の数回の登記申請事件は、いずれも判決に基づく登記申請ではないので、本件とは事案を異にするものである。また、趙碧[王炎]については、東京家庭裁判所が昭和五九年一月、死亡を前提とした審判をしている。

五  原告の反論

1  被告の審査、判断は本件仲裁判断及び本件執行判決の効力により拘束されることについて

(一) 不登法による登記官の権限は形式的審査権にとどまるものであり、外国人の相続財産について登記申請がされた場合、一般的には登記官は、四二条書面を発行すべき国がいずれであるかを提出された資料を基礎に法例二五条に照らし判断することとなるが、本件は判決による登記申請の場合であり、当該判決中で裁判所が法例二五条の本国法又は同法二七条三項の適用を判示しているのであるから、このような場合には、登記官は右判示に拘束され、独自に四二条書面の発行国又は政府がどこであるかを判断することはできないというべきである。

(二) そして、本件執行判決は本件仲裁判断に「昭和一〇年一〇月二五日(趙碧[王炎]及び原告間の)売買による所有権移転登記をなせ」とある部分についての強制執行を許可しているところ、右判決は趙國章に関する中華民国政府発行の書面に準拠して同人の相続関係を判断しているのであるから、同裁判所は本件相続に関し法例二五条、二七条三項に照らし中華民国法を本国法と判断したことになるのである。

(三) 更に、本件戸籍謄本(甲第七号証の五)は行政庁の作成した公式文書であるから公定力を有し、また、趙碧[王炎]が一九六〇年二月五日広州において死亡したことは、大阪簡易裁判所により執行力を付与された本件仲裁判断書中で認定されており、右事実を訴訟上争う余地はない(民訴法八〇四条二項)から、趙國章の相続については、登記官は趙碧[王炎]死亡の事実等の真実性の立証がなくとも登記をすべき義務があるのである。

2  被告は四二条書面にも法例二五条が適用されることを前提として主張しているが、右主張は誤りである。

すなわち、法例二五条は外国人の相続に適用されるべき相続実体法が被相続人の本国法によると規定されているのであり、不登法四二条は相続人とされる申請人自身の身分の判断とその身分証発行本国の問題について規定されたもので、それぞれ別個の問題について規定したものなのである。このため被告主張のように被相続人趙碧[王炎]の準拠法国を中華人民共和国とし同国の証明を要するとするのは、不登法四二条が相続人である申請人自身の身分証明を要求していることと矛盾することになるのである。

不動産登記の行政実例においても不登法四二条の相続人である申請人については、申請人の所属国発行の身分証によつて判断されているのであり、分裂国家の国民の場合においても被相続人ではなく、相続人たる申請人がいずれの国(地方)に所属しているか、あるいは、申請人がいずれの国(地方)の法律関係と密接に関連しているかによつて身分証発行政府を決定しているのである。

よつて、本件登記申請の戸籍、身分に関する証明書を発行すべき国は、趙國章の属する中華民国政府であり、本国法は中華民国法となるのである。

3  仮に、不登法四二条についても法例二五条が適用され、被相続人についてその本国法を判断することとなるとしても、被相続人たる趙碧[王炎]の本国法は中華民国法である。

(一) まず、本件戸籍謄本の記載によれば、趙國章は一九三五年当時 満州国奉天市常磐町四番地に在住していた趙欣伯及び趙碧[王炎]の唯一の養子であるから、右三名は満州国人であつて 当然同国法により戸籍が作成され養子縁組の記載もあつたものと推定される。しかしながら、満州国は日本の敗戦とともに消滅し、現在は中華人民共和国国民となつた者には同国の戸籍が、中華民国国民となつた者には同国の戸籍がそれぞれ作成されているものである。趙欣伯及び趙國章についてこれをみれば、本件戸籍謄本において中華民国政府は、右両名の国籍に何らふれることなく趙國章を中華民国法に照らし養子として認めているのである。このことからすれば、同国政府は趙欣伯及び趙碧[王炎]をも自国民であると認めたことになり、ひいては、趙國章の戸籍である本件戸籍謄本の中に趙欣伯及び趙碧[王炎]の中華民国戸籍も部分的には作成され混在しているとみることができる。そうであれば、本件相続に関し、法例二五条により依るべき被相続人趙碧[王炎]の本国法は、同人の最後の住所地又は居所がどこであつても、同法二七条二項又は二八条の住所地ではなく、同法二七条三項によつて、同人の属する(戸籍のある)地方の法律、すなわち中華民国法であることとなる。

よつて、本件戸籍謄本は法例二五条にいう本国法に準拠して作成された公文書であり、不登法四二条の「其身分ヲ証スルニ足ルヘキ書面」に該当するのである。

(二) 次に、被告は、趙碧[王炎]は中華人民共和国の支配領域で亡くなつたのであるから、中華人民共和国法が同人の準拠法であると主張する。

しかし、同人は中国大陸にもその支配権が及ぶとして我が国がその主権を承認していた中華民国の領域内において中華民国人として亡くなつたのである。すなわち、本件相続の時点である一九六〇年においては、我が国は中国における唯一の正統政府として中華民国を承認していたのであるから、我が国からみれば、被相続人趙碧[王炎]の本国法は中華民国法以外にはあり得ず、趙碧[王炎]は権利義務の主体として終生中華民国法の適用を受けており、一度も中華人民共和国法の適用を受けたことはないのである。中華人民共和国が現に中国大陸において主権を行使しているとしても、我が国法例の適用上、被相続人の相続についての準拠法は相続の時被相続人に適用されていた中華民国法と解すべきであり、中華人民共和国法ということはできない。

(三) また、被相続人の地位及び財産に対する支配権については、被相続人の地位及び財産権は一切相続人に承継され、被相続人は死亡後支配さるべきなにものもない。仮に相続人が存在しなければ、被相続人の死亡にかかわらず相続財産は存在し、これが承認政府の統治領域内にあれば、その支配に服するが、本件の場合は、中華民国国籍人の相続人も存在しかつ本件不動産は我が国領域内に存在するのであるから、本件相続財産はいかなる意味でも中華人民共和国の法律の適用を受けた事実はなく、我が国の法例からみると相続当時の本国法である中華民国法により相続人趙國章に被相続人趙碧[王炎]の登記申請義務は承継されたのである。

4  更に、本件登記申請と不登法四二条が外国人に適用される場合の行政実例とを対比すると、本件登記申請においても、本件戸籍謄本をもつて四二条書面に該当するものというべきである。

すなわち、外国人について「相続ヲ証スルニ足ルヘキ書面」とは当該外国人の本国法の定める、その国作成の相続証明書をいうものであるが、この証明書の提出が不可能な場合には、権威ある機関の証明書をもつて代用できるとされている。その具体的行政実例としては、本国政府機関発給の証明書は相続を証するに足るべき書面であるとし(昭和三五年一一月一〇日民事甲第二七九七号民事局長回答)、アメリカ人(元日本人)の相続に関するアメリカ人である友人(民間人)の宣誓書二通等をもつて同法四二条の要証事実を証するに足りる書面として便宜受理することができるとしている(昭和四一年一月二〇日民事甲第二七四号民事局長回答)。更に、被相続人に登記申請人以外の共同相続人が存在しないことの証明として、当該被相続人の妻の報告書で足りるとされ登記申請を受理した先例(昭和三〇年四月一五日民事甲第七〇七号民事局長回答)もある。

これらの登記実例によれば、前記中華民国政府発行の戸籍謄本が不登法四二条の「身分ヲ証スル書面」ないしは「其身分ヲ証スルニ足ルヘキ書面」に該当し、また内政部部長作成の公文(甲第九号証)もこれらの書面に該当することは疑いをいれないのである。

第三証拠<略>

理由

一  原告が昭和五七年三月三〇日被告に対し本件土地につき昭和一〇年一〇月二五日付売買を原因として買主である原告を登記権利者、売主である趙碧[王炎]の相続人である趙國章を登記義務者として本件登記申請をしたこと、右登記申請に際し請求原因1(二)(1)ないし(6)記載の各書面が添付されていたこと、被告は昭和五七年四月二七日原告に対し不登法四二条に規定する登記義務者の相続人たることを証する書面の添付がないとの理由で同法四九条八号により本件却下決定をしたことは、当事者間に争いがなく、<証拠略>によると、本件登記申請に際し、請求原因1(二)(7)記載の台湾内政部部長作成の公文も添付されていたことが認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

二  そこで、被告のした本件却下決定の適否について検討する。

1  まず、原告は、被告が本件却下決定の理由とした不登法四二条について、本件登記申請は執行判決を得た仲裁判断に基づく原告の単独登記申請であつて、原告たる申請人は登記権利者又は登記義務者の相続人ではないから、同条は本件登記申請と何ら関係がなく 被告は法令の適用を誤つたものであると主張する。

そこで検討するに、不登法上、判決又は相続による登記については、登記の共同申請の原則(二六条一項)の例外として、登記権利者が単独でこれを申請できるものとされている(二七条)。このうち相続による場合にあつては、手続上登記義務者が存在し得ないから当然に単独登記申請とされることとなるが、判決による場合にあつては、本来共同申請によりうるし、これによるべき場合であるにもかかわらず、一方が他方に協力しないため、登記請求権の強制実現の方法として、確定判決を媒介として登記権利者が単独で登記申請できることとしたものであつて、不登法二七条は、確定判決により陳述されたものとみなされる登記義務者の登記手続申請意思の登記所への到達手続を法定したものである。すなわち、手続上の登記義務者が登記権利者に協力して登記を申請すべき実体上の義務があることが判決によつて明らかにされた場合には、あえて共同申請という形式をとらせる必要はなく、被告たる登記義務者による現実の申請行為は必要でないという意味において登記手続の要式を緩和したものにすぎないのである。

したがつて、判決による単独申請の場合であつても、不登法三五条二項のような特別の法の定めのない限り、右の登記義務者の現実の申請行為が不要とされる点を除いては、共同申請手続において必要とされる手続をすべて履践することを要するものと解すべきである。

ところで、不登法四二条は、登記原因である事実は既に発生していながら、登記の申請がされない間に、手続上の登記権利者又は登記義務者について相続が開始した場合に、被相続人を登記名義人とする登記をその相続人が申請することができ、その際には登記申請者が登記名義人の相続人である点についての四二条書面を添付することを要することを定めたものであつて、右規定については判決による登記申請の場合にその適用を除外する旨の規定はなく、また、判決による登記権利者の単独申請についても、右のとおり、登記義務者の相続人が被相続人名義の物件について登記を申請する旨の意思が確定判決により登記官に伝達されるのであるから、右登記申請についてもその相続人の申請適格を証する四二条書面を要するものと解すべきである。

よつて、本件登記申請について同法四二条が適用されない旨の原告の主張は失当であるといわなければならない。

2  原告は、本件登記申請は執行力ある判決によるものであるので、不登法三五条二項が適用され、同条一項三号、四号に掲げる書面の提出は要しないこととなるにもかかわらず、被告が「登記義務者の相続人たることを証する書面」が添付されていないことを理由に本件却下決定をなしたことは違法であると主張する。

しかしながら、本件却下決定のいう「登記義務者の相続人たることを証する書面」とは不登法四二条の規定する書面を指すものであつて、同法三五条一項三号や同項四号の規定する書面を指すものではなく、また、本件登記申請について四二条書面の提出を要することは右1のとおりであるから、原告の右主張は採用することができない。

3  そこで、本件登記申請に添付された書面が四二条書面に該当するか否かについて検討する。

(一)  まず、不動産の権利に関する登記についての登記官の審査は、申請の際提出された書面とこれに関連する既存の登記簿だけを資料として登記申請が形式上の要件を具備するかどうかを判断する、いわゆる形式審査にとどまるものであるから、裁判所が登記官のした処分の適否を判断するに際しても、これら登記官の審査に供された資料のみに基づいてこれを判断すべきである。

(二)  不登法上四二条書面とは、「相続ヲ証スル市町村長若クハ区長ノ書面」、すなわち戸籍謄本又は除籍謄本(戸籍法一条、四条)又は「之ヲ証スルニ足ルヘキ書面」、すなわち戸籍謄本等に準じる証明力を有する書面であるが、四二条書面による証明事項は被相続人の死亡の事実、申請人である相続人が被相続人の相続人であること、他に相続人がいないことの三点である。

そして、日本に存する不動産にかかる登記権利者又は登記義務者となるべき外国人が死亡した場合についても、不登法四二条が適用されることとなる(法例一〇条)が、外国人について相続が開始した場合誰が相続人となるかは、被相続人の本国法に依ることとなる(法例二五条)ので、外国人の相続人についての四二条書面としては、外国人たる被相続人の相続について依るべき本国法が登記官に明らかにされ、かつ、右本国法によれば登記申請者が相続人であり、他に相続人のいないことを証明する書面が登記官に提出されることを要するが、このような書面の提出が不可能な場合には日本駐在の大使館等権威ある機関がこれを証明することをもつて代用されることもありうる。

(三)  そこで、原告が本件登記申請に際して提出した書面について、かかる観点から四二条書面としての適格を有するものであつたか否かを検討することとする。

(1) 本件仲裁判断について

本件の仲裁判断の主文及び理由の要旨が別紙(三)のとおりであることは、当事者間に争いがない。これによれば 右判断した仲裁人は、主文において、趙國章に対し本件土地につき昭和一〇年一〇月二五日売買による原告への所有権移転登記手続をなすことを命じ、その理由中において、趙國章のみが趙碧[王炎]の遺産相続人であつて趙碧[王炎]の遺産を一九六〇年二月五日に相続したものである旨の判断をしている。

そこで、右仲裁判断をもつて四二条書面としての適格を有するとすることができるか否かをみると、仲裁判断が当事者間において確定した裁判所の判決と同一の効力を有するものとされる(民訴法八〇〇条)のは、仲裁判断の主文(請求の当否について判示した部分)において示された事項に限られるものであつて、理由中の判断事項には及ばないのであるから、本件仲裁判断において確定判決と同一の効力を生ずるのは、原告が趙國章に対して本件土地の所有権移転登記手続を請求しうることに限られるのであつて、その理由中で判断されたに過ぎない趙碧[王炎]と趙國章との間の身分関係が確定判決と同一の効力をもつて確定されるものではないといわなければならない。

しかも、仲裁判断は当事者が係争物につき和解をする権利のある場合に限り効力を有する私的な紛争解決方法であつて(民訴法七八六条)、その方法も、争いの当事者が第三者である仲裁人の判断を受けその判断に覊束されることを合意することによつて成立する仲裁契約に基づいて、私人である仲裁人が仲裁判断を示すものであつて、その権威性は当事者の合意にのみ依存するものであるから、そこで示された判断が一般的に真実に合致している蓋然性が高いとは必ずしもいうことができず、したがつて一般的に四二条書面としての適格性を有するということができないと考えられるのみならず、右理由中の判断で示された「亡趙碧[王炎]は一九六〇年二月五日広州市第一病院において死亡した」との記載についても、仲裁人において右死亡の事実を認める根拠となつた資料が明らかでなく、また、仲裁人が右相続についての本国法をいずれと解し、右同法の相続の要件をどのようなものと考えたのかが明らかでないのであるから、右書面はその記載内容に照らして到底四二条書面としての適格性を有しているということができないものといわざるを得ない。よつて、被告が本件仲裁判断をもつて四二条書面としての適格性を認めなかつたことには、なんらの違法はないものといわなければならない。

(2) 本件執行判決、本件更正決定書正本(甲第四号証)、送達証明書(甲第五号証)及び判決確定証明書(甲第六号証)について

本件執行判決の主文並びに事実及び理由が別紙(二)のとおりであることは、当事者間に争いがないところ、執行判決は、仲裁判断に執行力を付与するためにされる(民訴法八〇二条一項)ものであつて、執行判決の裁判における請求の当否は、<1>執行判決を求められた対象が「仲裁判断」に該当すること、<2>右判断が適式に成立したこと、<3>右判断が確定したものであること、<4>仲裁判断の効力が現存すること、<5>仲裁判断の無効取消理由が存しないこと、<6>右判断の給付義務が執行し得るべき義務であることの諸点を審理して判断されるものであり、これらの要件を具備する限り請求を認容する執行判決がされるのであつて、これら以外の、仲裁判断の理由の当否については、それが理由の欠缺(民訴法八〇一条一項第五)と評価すべきものでない限り、これを判断せずに請求を認容することとなるのである。

本件執行判決も、別紙(二)によれば、大阪簡易裁判所裁判官が本件執行判決付与の適否を判断するにつき本件仲裁判断の理由中で示された趙碧[王炎]と趙國章との身分関係の存否等について何らかの判断をしたものではないから、本件執行判決をもつて四二条書面の適格性を備えるものとは到底認めることができないというべきである。

原告は、本件執行判決がされた以上、仲裁判断の事実的取消理由がないこと、すなわち、仲裁判断で証拠とされた本件戸藉謄本に偽造、変造のないことも判断されたのであるから、本件戸籍謄本及び本件執行判決は四二条書面となると主張するが、右のとおり、大阪簡易裁判所裁判官においては執行判決をするについて本件相続につき仲裁人のした事実的、法律的判断の当否について検討をする余地もないのであるから、右判決の存在をもつて右仲裁人のした本件相続の判断の正確性を担保するものということはできない。原告の右主張は理由がない。

よつて、被告が、本件執行判決、右執行判決の当事者の住所を更正した本件更正決定(甲第四号証)、右判決の送達証明書(甲第五号証)及び判決確定証明書(甲第六号証)をもつて、四二条書面としての適格性を認めなかつたことに、なんらの違法はないものといわなければならない。

(3) 本件戸籍謄本及び内政部部長作成の公文(甲第九号証)について

<1> 被告は、本件戸籍謄本(甲第七号証の五)は不鮮明であるから、四二条書面ということはできないと主張するが、その方式及び趣旨により外国官憲の職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定すべき甲第七号証の五及び<証拠略>によれば、本件申請の際に被告に提出された本件戸籍謄本は、原文は中国語で記載されていたものであるが 判読可能なものであり、訳文も付されていて、被告は、これに基づいて審査をしたことが認められ、右認定を左右する証拠はない。よつて、被告の右主張は理由がない。

<2> そこで本件戸籍謄本が四二条書面といえるか否かについて検討するに、甲第七号証の五によると、同号証は中華民国政府作成の趙國章の戸籍謄本であり、それには「養父趙欣伯(歿)。養母趙碧[王炎](歿)。……原姓名馬瑞材は民国六六年三月一四日趙國章と更正。民国二二年(西暦一九三五年)の時点で日本東京市芝区高輪南町七番地養父趙欣伯と養母趙碧[王炎](原住前満州国奉天市常磐町四番地)にて共同養育されていた唯一人の養子である。(養父母に実子はいない)」と記載されていることが認められる。

次に、内政部部長作成の公文については、その方式及び趣旨により外国官憲が職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定すべき甲第九号証によると、民国六六年(西暦一九七九年)一一月一四日に内政部部長から趙國章に対してされた回答には、(ア)戸籍謄本と九龍総商会(18)総字第一八三号証明者及び僑務委員会64、台僑経一二六四四号証明書の事項は等しく同じであり事実である。(イ)戸籍謄本の養父趙欣伯(歿)、養母趙碧[王炎](歿)の記載は事実である。(ウ)趙國章は趙欣伯、趙碧[王炎]の唯一の承継人であるのは中華民国法一〇七七条及び一一四二条の規定によるものである旨の記載があることが認められる。

<3> そこで、次に、右各書面の記載に基づき原告の主張する趙碧[王炎]からの趙國章の本件土地の相続についていずれの国の法律が適用されるべきかを検討するに、相続は被相続人の本国法に依るものであつて(法例二五条)、右本国法は被相続人の死亡当時におけるそれをいうものと解されるが、中国大陸においては一九四九年に中華人民共和国政府が樹立されて後、右政府と従前から存在する中華民国政府とが各自自らが中国大陸全土を領有する唯一の合法政府であると宣言しいわゆる分裂国家の状態となつており、日本国政府は昭和四七年中華人民共和国を承認し、かつて承認していた中華民国についてはその承認を取り消したことは公知の事実であるが、国家の承認は国際公法上の問題であり、私人間の権利義務の問題はこのような国際公法上の問題とは関係のない国際私法上の問題であるから、そこでいう本国法とは、いずれの政府の法が当事者の私法上の身分関係の発生、消滅等の事実にとつてより密接な関係を有していたかという観点からこれを決すべきである。しかるに、本件相続についてこれをみると、本件戸籍謄本には被相続人たる趙碧[王炎]について単に(歿)と記載してあるのみで、死亡の年月日、死亡した土地等は何ら明らかにされておらず、このことは内政部部長作成の公文についても同様であるから、被相続人たる趙碧[王炎]の相続については、中華人民共和国と中華民国のいずれの法がより密接な関係を有していたかを確定するに由なく、したがつて、同人の相続について依るべき本国法は、結局、不明であるというほかはない。したがつて、本件戸籍謄本をもつて被相続人の本国法による相続を証明する文書であるということは到底できないものといわざるを得ない。また、右各書面をもつて本国法において定める相続証明書に代わり得る権威ある機関の証明書ということができないのも当然である。

<4> 原告は、本件仲裁判断の執行を許可した本件執行判決は、中華民国政府発行の前記各書面に準拠して趙國章の相続関係を判断しているのであるから、これをした大阪簡易裁判所裁判官は本件相続に関し法例二五条、二七条三項に照らし中華民国法を本国法と判断したこととなり、したがつて、登記官は右判断に拘束されると主張するが、執行判決は仲裁判断主文で示された給付の請求権に執行力を付与するものにすぎず、その判断の理由中の判断事項に何らかの効力を付与するものではないこと前示のとおりであるから、原告の右主張は失当である。

次に、原告は、本件戸籍謄本は行政庁の作成した公文書であるから、公定力を有し、趙碧[王炎]が一九六〇年二月五日広州市において死亡したことは、大阪簡易裁判所で執行力を付与された仲裁判断において認定されており、右事実を訴訟上争う余地はないから、趙國章の相続について登記官は右判断に拘束されると主張するが、このような主張は、前示したところに照らし理由のないことが明らかである。

また、原告は、不登法四二条においては相続人である申請人自身の身分証明を要求していることからすると、被相続人ではなく、相続人たる申請人の所属する国の法が本国法であり、身分証明書発行国も申請人の所属国であると解すべきであるから、本件相続について適用すべき本国法は中華民国法であつて、同国政府発行の身分証明書が四二条書面となると主張するが、不登法四二条において添付を要求されている書面は登記義務者が相続人であることを証する書面であるところ、右証明の対象となる事実は、被相続人の財産をいずれの者が相続したかということであつて、前示のとおり、外国人については法例二五条により被相続人の本国法によつて、右の点が決せられ、その事実が対象となるのである。したがつて、不登法四二条の場合においても法例二五条が適用されることは当然であつて、原告の右主張は理由がないものといわなければならない。

更に、原告は、趙碧[王炎]は満州国の国民であつたところ、現在中華民国政府は同人を自国民と認めており、趙國章の戸籍である甲第七号証の五の中には趙碧[王炎]に関する記載部分もあつて、同人の戸籍も甲第七号証の五の中に混在しているのであるから、法例二七条三項により同人の戸籍の存する中華民国の法律が同人の本国法となると主張するが、甲第七号証の五の記載をもつてしては、趙碧[王炎]が生前中華民国の国籍を取得していたという事実を認めるに足りず、また、甲第七号証の五が趙碧[王炎]の戸籍として作成されたものでないことも明らかであるから、原告の右主張は失当である。

なお、原告は、趙碧[王炎]は一九六〇年二月五日広州市において死亡したものであるところ、右死亡時においては、我が国に中国大陸における唯一の正統政府として中華民国を承認していたのであるから、我が国からみれば趙碧[王炎]の本国法は中華民国法以外にあり得ないと主張するが、同人が、一九六〇年二月五日広州市において死亡したという事実自体、本件仲裁判断の理由中の判断として記載されているにすぎず、右記載をもつてしては到底被相続人の死亡の年月日、場所等の事実を認めるに足るものということはできないから、原告の右主張は理由がない。

また、原告は、本件相続については中華民国の国籍を有する相続人が存し、本件不動産が我が国領域内に存するのであるから、本件相続財産については中華人民共和国の法律の適用はなく、本国法は中華民国法となると主張するが、このような主張は、結局のところ法例二五条の規定するところと異なる基準により本国法を定めるべきであるとするに帰し、失当というほかはない。

(4) その他の添付書面について

甲第七号証の一ないし四、六の各書面は、いずそも趙碧[王炎]と趙國章の身分関係を証する書面でないことは、その記載自体から一見して明らかであるから、これをもつて四二条書面ということのできないことは当然である。

4  原告は、更に、不登法四二条が外国人に適用される場合の行政実例によれば、本件登記申請においても本件戸籍謄本(甲第七号証の五)及び内政部部長作成の公文(甲第九号証)をもつて四二条書面に該当するものと取り扱うべきであると主張するが、原告が援用する行政実例は、いずれもその依るべき被相続人の本国法がいかなる国の法律であるかが明らかな場合の事例であつて、本件登記申請のようにその依るべき本国法自体が不明な場合とは事例を異にするものであるから、原告の右主張は理由がないものといわなければならない。

三  以上の次第で、本件却下決定には何ら違法がなく、原告の本訴請求は理由がないものというべきであるから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 穴戸達徳 中込秀樹 金子順一)

別紙(一) 物件目録

一 東京都調布市国領町一七番一

宅地 一三七三・一三平方メートル

二 同所一八番

宅地 一一八三・四七平方メートル

三 同市飛田給一丁目五番四

畑  七六六平方メートル

四 同所五番五

畑  八五二平方メートル

五 同所五番一五

畑  四四二平方メートル

六 同所六番九号

畑  六七一平方メートル

七 同所六番一〇号

畑  四四六平方メートル

八 東京都狛江市西野川三丁目八七六番二

畑  七一三七平方メートル

九 同所八七九番三

畑  三二〇五平方メートル

以上

別紙(二)

主文

原告(本訴原告)から被告(趙國章)に対する土地所有権確認等請求仲裁判断事件につき、仲裁人佐原嘉六が昭和五一年一二月一三日なした仲裁判断の主文第二項中「相手方は申立人に対し、別紙物件目録記載の土地につき、昭和一〇年一〇月二五日売買に因る所有権移転登記手続をなせ」とある部分について執行することを許可する。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

請求原因の要旨は次のとおりであつて争いがなく、請求は理由がある。

一 原告を申立人、被告を相手方とする別紙物件目録記載の土地についての所有権確認請求仲裁判断事件において、仲裁人佐原嘉六は昭和五一年一二月一三日「別紙物件目録記載の土地が申立人の所有であることを確認する。相手方は申立人に対し、右土地につき昭和一〇年一〇月二五日売買に因る所有権移転登記手続きをなし、かつこれを引渡せ。」との仲裁判断をした。

二 右仲裁判断書の正本は昭和五一年一二月一三日原被告に対しそれぞれ送達され、その原本は同月一五日右送達の書証を添付して大阪簡易裁判所に寄託された。

別紙(三)

主文

本件土地を含む一八筆の土地が申立人(本訴原告)の所有であることを確認する。

相手方(趙國章)は申立人に対し、右土地につき昭和一〇年一〇月二五日売買に因る所有権移転登記手続をなし、かつ、これを引渡せ。

事実

第一、第二(省略)

第三 当職の職権探知事項

当職は、職権を以つて、相手方代理人に対し、相手方の身分証明書、印鑑証明書、戸籍謄本編の書類を提示させ且つ、相手方代理人平松義正を当事者尋問しさらに、証人浦尾正直を尋問したるに、相手方唯ひとりが亡趙碧[王炎]の遺産相続人であることを知得できたし、申立代理人を当事者尋問するのに併せて、この相手方の遺産相続人である身分が最早疑われるべきでないこととなつたと認められた。

第四 判断理由

先ず、日本国内に住所を有しない相手方が唯ひとりで亡趙碧[王炎]の遺産を一九六〇年二月五日に相続せる者であることは、法例二五条その他の関係法令を精密に調査してみても最早一点の疑うべき筋もなく、これを正当であると、当職は認めざるを得ぬ。

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